2024四年生引退ブログ

2024.11.18

吹奏楽団R.Y

ご覧いただきありがとうございます。

本年度主務、吹奏楽団責任者、器材管理責任者を務めております、R.Yと申します。

引退ブログを書くことが出来る最初で最後の機会のため張り切って長文となってしまいました。

読みにくく大変申し訳ないのですが、お時間がございましたらお読みいただけますと幸いです。

 

某大学附属高校から唯一の進学者として慶應義塾大学の門を叩いた私は入学当初友達が1人もいませんでした。内部生や有名私立高校からの進学者と比較すると圧倒的情報弱者。その上、入学してから新型コロナウイルスによる新入生歓迎会等も無く、履修システムもよく分からないまま自宅で犬2匹とオンライン授業を受ける日々。もちろんこの状況に「このまま大学生活が終了して良いのか」と1人悶々とした日々を送っておりました。しかしこの時点で既に6月半ば。多くのサークルが募集を締め切っており、私には何か新しいことを始める勇気も持ち合わせておらず、とりあえず小学生からずっと続けている「ユーフォニアム」(金管楽器)を演奏することができる団体を探そう。そう思い立って検索したところ、2団体がヒットしました。しかし一方は既に募集を締め切っていたため、6月最終週に應援指導部への入部を即決しました。この時点でどのような団体なのか、どのような活動をしているのか、週何回練習があるのか等ほとんど知りませんでした。私はただ「ユーフォニアム」を吹くことが出来るから。これだけで入部したのです。

 

もちろん入部してからは怒涛の日々でした。

お恥ずかしながら、外部からの入学者であり、「ユーフォニアム」目当てで入部した私は「塾歌」や「若き血」すら知らず、野球も一度も見たことがないどころか、野球の早慶戦すら知りませんでした。(明治神宮野球場は乃木坂46の夏のライブ会場という認識でした。)その上、マーチングも未経験で途中入部。何から何まで同期や先輩方とはかけ離れていました。

弱音を吐くことが苦手なタイプの私は自己解決しようと野球のルールを自宅にて学び、お風呂で応援歌を暗記し、通学時間にドリルの楽譜とコマ表を頭に叩き込み、部活動の休憩時間にメガホンの動きを同期と確認しました。とにかく周りに迷惑をかけまいと必死でした。そんな中で迎えた初めての神宮での応援は一瞬で、点と点が繋がった感覚であったことを今でも鮮明に覚えています。

 

そんな応援初心者だった私は4年生で3つの役職を兼任することとなり、この1年間で様々なことを経験し、そして学びました。もちろん全てが良い経験だけではありません。特に前半は通常の練習×主務の業務×日々の終わりの見えないMTGが毎日続き、場面場面で違う顔を見せている自分に嫌気が差し、1つの発言が誰かを傷つけるかもと怖くなり、妙に議事録をまとめる技術だけが身につきました。深夜の4時過ぎに昨日のMTGについて考えながら、終わらない主務の業務を片しつつ、あと3時間後には練習に行かないとと思った時には何も役割を全う出来ていない自らのキャパシティの小ささに絶望し涙が止まりませんでした。そんな中で少しでもやるしかないと前を向けた理由。それはやはり「部員」の存在でした。本年度吹奏楽団には34名の新入生が入部し、70名以上の大所帯となりました。私は今の部に魅力を感じてこんなにも多くの一年生が入部してくれたことが心から嬉しくて、同時に止まっている場合では無いとはっとしました。一年生のみんな、改めて入部してくれてありがとう。

 

3つの役割全てに100%を注ぐことは出来ませんでしたが、主務だけはやり切ったと言えるのかなと思います。結局4年間で応援が得意だなと思ったことは無かったし、人前で誰かを鼓舞できるようなそんな存在になれたかなと思う瞬間も一度もありませんでしたが、それでも裏方としてだったらほんの少しでも部に貢献できていたら嬉しいです。(強いて言えば7月の都市対抗野球応援の運営に全力を注ぎ過ぎてしまい、試験勉強を全くせずに東京ドームに通い詰めた結果、単位が全然取れなかったことは後悔しています。何事もバランスが重要でした。)

 

置かれた場所で咲くのではなく咲ける場所で咲くことができる。様々なことに挑戦できる應援指導部ならではの強みだと思います。「人」の数だけ自らの咲く場所を選べる場所。そして「自分」では無く「他の人」のために全力を注げる空間。こんな素敵な空間に大学生活の貴重な4年間身を置くことが出来て本当に本当に幸せでした。

 

お礼(非常に長くなってしまいました。申し訳ございません。)

 

同期

1人1人が自分の芯を持っていて本当に尊敬出来る人が沢山います。色んな人に助けられて業務も活動もなんとか乗り越えられました。本当にありがとうございました。みんなと同期になれて良かったです。

 

主務ズ

体育会移行で少しきまづくなったり、半年以上かけて夏合宿の候補地決まったと思ったら応援が入って0からになったり、渉外はことごとく潰されたりと散々だったけど主務になったその日から主務雑談のLINEグループが動かなかった日は一度もなかったね。気づいたら誰かが昼夜問わず仕事をしていて、それに対してありがとうを言い合うのもあと少しかと思うと寂しいです。本当に1人じゃ出来ないことだらけで助けられました。ここまでありがとう。引き継ぎまであと少しだけ頑張ろうね。

 

Hrパート

ドリルしかいないのに暖かく迎え入れてくれてありがとう。4年生なのに未だにF管の運指は分からないし譜面もどこが五線譜の中でBなのか分からないくらいには頼りないですが、2年生の時にコンバートを決断したことは間違っていなかったです。今日のホルンは重いですとか、ベルが直感楽器の中で1番大きいから1番かっこいいとか、図々しくお願いしてカンパニーで最前列にしてもらったりとか、重くて一曲通しただけで一瞬で楽器を置いてしまう所も含めてホルンパートの良い所だしそんなホルンパートが大好きです。定演のOpner Soliは夏合宿超えクオリティ目指してこうね!

P.S 昨年から私が作った秋合宿の靴下お揃い文化は引き継いでくれたら喜びます。

 

Bassパート

再三記載しましたがユーフォは私の入部理由です。過去の先輩方はそれはそれは偉大で優しくて、懐が深くて大尊敬している訳なのですが、そんな先輩方みたいにバスパートを自分も引き継ぎたいと心から思っていました。少し自分には役不足だったように感じていますがそれでもついてきてくれて本当にありがとう。そしてごめんね。いまだに分からないヘ音記号ポーズ も、Slackの反応が早すぎることも練習開始前なのに既に全員パート練の部屋にいることも練習の反省欄のはずなのに反省内容よりも圧倒的に通信欄の方が長いのもバスパらし過ぎます。そゆとこが良い所だし大好きです。バスパSlackは誇りなので来年以降も引き継いで行ってください。応援してるよ。

 

アルバイト先

部活動と4年間続けて両立できたのは間違いなくいろんな方々のおかげです。「部活を辞めたい」とアルバイト先の色んな人に計1000回は言った自信があります。それくらい支えてもらっていました。急に部活が入ってしまって行くことが出来ず他の人に変わってもらうことも多くご迷惑をおかけしました。その節は本当に申し訳ございませんでした。それにも関わらず、悩みを聞いてくれて、励ましてくれて、早慶戦や定期演奏会にもたくさんの人が応援に駆けつけてくれて本当に嬉しかったです。ありがとうございました。

 

バンドの後輩たちへ

・一年生

私たちは歴代最少人数で多分一年生は歴代最多人数だったんじゃ無いかなと思います。まさか楽器の数が足りなくて器材管理責任者として悩むなんて夢にも思っていませんでした。(笑)嬉しすぎますね。初心者も経験者もドリルも演奏も全部同期通しで教え合っていて、その様子を眺めていてとても頼もしいなと思ってました。ありがとう。未来の一年生に対しても同じように頼もしくいてください。

 

・二年生

1人1人の個性が際立っていて既に適材適所で輝ける場所を見つけているそんな代だと思います。1人1人が部に対して、バンドに対してたくさん考えて、貢献してくれて本当にありがとう。まだ2年生なのに学年としてここまで考えて行動できるのは本当にすごいことです。サブイヤーは1個上を支えつつ、より1人1人の居場所に磨きをかけていってください。期待しています。

 

・三年生

後輩力がとっても高くて、だけど私たちの代なんかよりよっぽど威厳があって本当に素晴らしい代だと思います。ふわふわしてる頼りない四年生過ぎて本当に申し訳無いなと思いつつ、三年生がしっかりしているから大丈夫という私の安心材料でした。本当にありがとう。きっと来年も9人という同期の数は本当に少なく感じてしまうと思うし、同期・役割通しで入れ違うこと衝突することもあるかもしれないけど、同期を、そして後輩を頼って本年度よりも良いバンドにしていってね。頼りにしてるよ。

 

最後に、應援指導部に飛び込んだ過去の自分と関わった全ての人に感謝を申し上げ、本ブログを締めさせていただきます。

 

ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。
R.Y R.Y2 R.Y3