四年生引退ブログ

2025.11.27

チアリーディング部Y.S

本年度、チアリーディング部責任者、ならびにステージ会計を務めております、Y.Sです。

4年前、大学は部活が4年間で長いな、引退なんてまだまだずっと先のことだなと思っていたのに、気がつけば引退まで1週間を切ってしまいました。今でもこの生活が終わるなんてまだ信じられませんが、少しずつ引退を受け入れながらこの4年間を振り返ってみたいと思います。

 

拙い文章ではありますが、最後までお付き合いいただければ嬉しいです。

 

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【入部前】

私は小さい頃から踊ることが大好きでした。恥ずかしがり屋だった私でも踊っている時だけは人前で堂々と笑顔で自分を表現できる、そんな大好きな時間でした。ただ、1つの踊りを長期間続けたことはなく、中学生の頃はどこかもどかしさを感じていました。そこで高校1年生の時、バトン部という部活でチアを始め、チアを大学まで続けよう、そう決意しました。ただバトン部は想像以上に過酷で、下級生の頃は精神的にも体力的にも追い込まれる毎日、そしてその1年をやっと乗り越えたと思ったらコロナ渦。苦しいことが多かった3年間でした。ただ苦しかったからこそ私の中では本当に充実した3年間であり、同期との固い絆も生まれました。そこで達成感を感じてしまった私は、大学でもチアを続けるという決意が揺らぎました。「自分は本当にチアを続けたいのだろうか、他の大学生活の送り方も楽しそうだな」そんなことを半年ほど考えていました。

他の同期のように最初から應援指導部一筋ではなかった私ですが、悩み抜いた末、最後には應援指導部への入部を決めました。そのきっかけとなったのは練習見学です。初めて練習を見学した際、先輩方のパッションや勢い、明るさに本当に驚き心を動かされました。先輩の前で笑うと怒られていたバトン部を経験していた私にとって、その光景は衝撃的で、「私の知らないチアの魅力、そして応援の魅力がここに詰まっている」、「自分も応援を通じて誰かの力になりたい」そう直感的に思いました。

こうして入部を決意したのですが、何か1つでも違っていたら違う道を選んでいたかもしれないと思うとぞっとします。笑

本当にこの選択をして良かったです!!

【1年生】

練習見学以降、期待感を膨らませてやる気満々で入部をした私ですが、正直その期待感は最初の1ヶ月で消えてしまいました。入部前、「外部から見える應援指導部はほんの1%くらい」と聞いていた私は覚悟していたつもりでしたが、そんなに甘くはありませんでした。他の同期もブログに書いているように、重い器材やマット、深夜までかかる動画のアップロード、踊りのチェック、、。オフの日もずっと同期と集まって業務をしたり練習をしたり。とにかく毎日疲れ果てて、この時期は家のいろんなところで数分おきに寝ていました笑 でも私が何よりも辛かったのは、コロナで野球は外野応援、他のスポーツはマスク応援などと制限がかかっていたことでした。選手に応援は届いているのか、自分達の存在意義を何だろうかと考えてしまい、自分がなにを追い求めて入部したのかを見失いかけました。応援をしていると、応援の存在意義に悩むことはよくありますが、1年生の時が1番多かったと思います。

そんな中、夏頃はもう辞めてしまおうかと真剣に考えていました。それまでどんなに苦しくても辞めるという選択肢を持ってこなかった私にとって、辞めたいと思ってしまったことは悔しくてたまりませんでした。

しかし、応援活動で数々の感動的な場面に立ち会うことで、少しでもこの選手の方々の想いを形にしたいと感じるようになりました。そして、存在意義に悩むのではなく少しでも自分が成長して応援の存在意義を生み出そう、そう考えられるようになりました。

それからは毎日部活のことだけを考えて同期と一緒に駆け抜けました。キツいこともありましたが、だからこそ同期との仲も深まった1年でした。今でも1年生の頃の写真や動画を見返して、よくみんなで大爆笑しています笑

 

【2年生】

この1年は本当に、「楽しかった」その一言で表せる1年でした。そしてこの部活をより好きになれた1年でした。

それまでは目の前のタスクをがむしゃらにこなしていましたが、応援面でも練習面でも自分達で考えることが多くなりました。1年生の時とはまた違った意味で、色々な挑戦をさせてもらった年だったと思います。この時たくさんのチャンスをくださった上級生の方々には感謝してもしきれません。

挑戦という言葉を使いましたが、今年のスローガンでもあるこの言葉、私はこの部活にピッタリだと思っています。それはこの部活において、「明確な目標を立ててそれを達成したと言い切る」ことがすごく難しいからです。応援は正解の形がなく、点数もつかない。練習は大会に出ない私達にとって目標を立てにくく、ゴールを見つけづらい。でも、だからこそ一人一人が挑戦すればするほどチーム全体で高みを目指せる、そんな部活です。このことに2年生の時に気がついた私は、そこにやりがいを感じ、応援も練習も全てを最高に楽しんでいました。

1年生の頃、よく上級生の方々から「2年生が1番楽しいよ」と聞いて、「4年生じゃないの?」と正直思っていました笑 でも今振り返ると、よく言われる「華の2チア」は本当で、いい意味で深いことを考えすぎずこの部活を純粋に楽しめる学年だと思います。だから今の1年生は来年全力で楽しんでください!

 

【3年生】

ついにサブの代になり、部活を回す側になりました。

特に応援面では自分達次第で応援システムを変えられるようになり、また、サブ業務の中で体育会の方々とコミュニケーションをとることも増えました。体育会の方々から直接聞いた選手の想いや一つ一つの試合の位置づけを、如何に応援システムに反映させてより良い応援を作り上げるか、そこを考え抜いたからこそ、応援にかける想いが強くなった1年でした。

私たちの代は人数が少ないこともあり、全員がとても忙しい1年だったと思います。私自身、この1年間が1番忙しかったと思いますし、何かやり忘れていないかいつも不安でした。その結果、やることを全部携帯のアラームに設定するようになったのですが、設定しすぎて同期からすると本当にうるさかったと思います笑 今では「またアラーム鳴ってるよ」と同期に呆れられるくらいです、ごめんね笑

ただ、決して苦しかった記憶はあまりないです。そこには同期の存在が大きかったと思います。1年生の時はだめだめだった私たちが、必死にパソコンと向き合ってミーティングを重ね、応援や練習を回していました。1年生の時のように全員で同じ業務に向かうことは少なかったですが、それでも同期との繋がりを感じながら、そしてそれに助けられながら過ごした1年でした。

 

【4年生】

ついに私たちも責任者の代になり、私はチアリーディング部責任者になりました。部門責任者は一概には説明できない業務が多かったように感じます。ただその大部分は「部員対応」という言葉にまとめられるもので、部員一人一人と向き合うことが多い立場でした。そんな立場になってからこの1年間、私は「全員がこの部活を大好きになれるように」その一心で活動してきました。自分自身辞めようとした時期がありましたし、他のみんなもその時期があったと思います。部員の心が折れそうになった時に、ここにいたいと思える理由を作りたい、そして相談しやすい存在でありたいと思っていました。

ただ、この責任者を務める中で私は自分の弱さを乗り越える必要がありました。その弱さに気がついたのは、3年生の最後、役割決めの際に同期全員で他己分析をしていた時です。そこで同期に、「もっとこの部活を好きになって欲しい」そう言われたのを今でも覚えています。今までのブログを読んでお分かりいただけるかと思いますが、私はこの部活も部員も大大大好きです。ただそれを周りに伝えられていない、そこが私の弱みでした。そして部門責任者としては欠点でした。考えていることや気持ちが分かりにくい人に相談なんてしにくいだろうし、辛い時に支えになる存在なんてほど遠いのではないか、自分がまず変わらなきゃいけない、そう感じました。それから、私は部員全員とのコミュニケーションを大切にすることを心がけ、一人一人の気持ちの変化に気がつけるよう常に目を配るようにしていました。

それでも理想としていた部門責任者になれたのか、私が下級生の頃に背中を追わせてくださった素敵な上級生方のようになれたのか分からないですが、私は部門責任者になれてとても幸せでした。その理由の1つとして面談があります。立場上、部員全員と面談をする機会があり、そこでは普段は聞くことができないみんなの熱い想いや考えを聞くことができました。その度に誰一人欠かすことのできない最強なチームだと実感しましたし、育成責任者のRともよく「素敵だね泣」と浸っていました笑 何より、この面談で聞いたみんなの想いはこの1年間、私の支えとなっていました。応援では、「このメンバーなら、もっと良い応援をつくり上げられる」と思えるほど大きな自信に繋がりました。そして、定演前の練習でコーチに厳しい言葉をいただいた際には「チーム2025はこんなもんじゃない!」と不思議とポジティブになることができました。

部員の支えになりたいと思って始まった1年でしたが、結局同期にも下級生のみんなにも救われ続けた1年でした。

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これまで1-4年生を振り返って長々と語ってしまいましたが、最後に1つだけ。

この4年間、私の中でのいちばんの変化は泣き虫になったことです笑 正直今までの私は1人でも人前でもあまり泣くことはありませんでしたが、特に最後の1年間は、最後の総合練習や慶早戦でも号泣、家でも何かあれば1人で、、笑

嬉し涙も感動の涙も悔し涙も多くなり、自分でも本当にびっくりしていました。

何で変わったのかは分からないですが、こんなにも心を熱くがむしゃらに、恵まれた仲間と一緒に過ごせたのは初めてだったのだと思います。

私は普段気持ちを伝えるのが少し苦手な気がするので、同期も家族もびっくりしているかもしれないです。ここでこんなことを暴露するべきか迷いましたが、それだけ私がこの部活が大好きなこと、一生続くかけがえのない仲間と出会えたこと、後にも先にもこんな経験はないこと、色々な想いを伝えたくて書きました。

こんなにも離れたくない、終わりたくないと思ったのは初めてです。

應援指導部は、私の大学生活を彩ってくれた青春そのものであり、一生の宝物です。

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長くなりましたが、最後にこの場をお借りして感謝を伝えさせてください。

 

同期へ

「本当に本当に同期がみんなでよかった!」よく私たちでこう言い合っているけど、心の底からそう思うし、この4年間をみんなと一緒に過ごせて本当に幸せでした!

どんなに疲れていても練習に行ってみんなに会えば笑顔になれたし、辛い時もみんながいるから大丈夫!そう思えました。同期である以前に友達、そんなみんなの存在が本当に大きかったです。オフを1日挟んだだけで、本心から「あれ久しぶりじゃない?」と言っている私たちはもう家族です。だから引退しても社会人になってもおばあちゃんになっても、ずっと仲良くしてください!最後の定演、みんなで最高の思い出にしようね。

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上級生の方々へ

1年生の時から上級生の皆さんはいつも私の目標であり憧れでした。そして、学年が上がるごとにどれだけ皆さんが私たちを支えてくださっていたのかを実感しました。本当に心から感謝しています。皆さんからいただいたものを下級生に返す、その想いでこの1年間、私たちなりにチームを引っ張ってきました。定期演奏会では、そんな1年間の集大成と上級生の方々への感謝の想いを届けます!

 

下級生のみんなへ

ここまでいつも笑顔でついてきてくれてありがとう。みんなにはこの1年間助けられてばかりでした。練習の雰囲気を明るくしてくれる子、陰で努力を重ねる子、優しい言葉をかけられる子、もっとあるけど本当にたくさんの個性が集まってこのチーム2025があります。定演前、みんなで話し合いもしたけど、私にとってはこのメンバーが集まっているだけでもう歴代最強です!

私は立場的にみんなの想いや本心を聞くことが多くて、それが実はとっても嬉しかったです。この部活は色々な想いが集まっていて、1人でも欠けたら成り立たない部活です。だからみんながそれぞれの場所で輝いてこれからも頑張ってください!!ずっと応援しています!

 

家族へ

この4年間、私のわがままに付き合ってくれて、そして誰よりも応援してくれてありがとう!私が参加する応援にはほとんど全部来てくれて、何から何までサポートしてくれたお母さん。いつも「この応援もくるの!?」なんて言っていましたが、応援席にお母さんがいない時は少し寂しかったです。本当にありがとう。お父さんもお兄ちゃんも家に帰ってきた時には必ず時間を作って応援を見にきてくれて嬉しかったです。2人がいるといつもいない分、「いい姿見せなきゃ!」と気合いが入りました笑

この4年間何も考えずに部活だけに打ち込めたのはみんなのおかげです。

定期演奏会では応援して良かったと思ってもらえるように全力で頑張るから、楽しみにしていてね。ありがとう。

 

最後に、体育会の皆様、応援席の皆様、コーチの皆様をはじめとした、應援指導部を支えてくださっているすべての方々に心より感謝申し上げます。

「誰かの力になりたい」と願って始めたこの活動も、振り返れば、多くの方に支えられ、人との繋がりに励まされ続けた4年間でした。葛藤の連続だった應援指導部生活の終わりに、「應援指導部に入って良かった」と胸を張って言えるのは、皆様のおかげです。

本当にありがとうございました。

 

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こんなに長く書くつもりはなかったのですが、いざ書き出すとこれもこれもと止まらなくなってしまいました。まとまりのない文章でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました!

 

この4年間の最後である定期演奏会。お世話になったすべての方々へ感謝を届けられるように、そしてかけがえのない仲間と忘れられない1日にできるように、あと数日、全力で駆け抜けます!

 

 

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